大判例

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札幌高等裁判所 昭和61年(う)19号 判決 1986年7月22日

本籍

釧路市武佐一丁目七番

住居

釧路市栄町一二丁目一番地

会社役員

高橋房一

昭和二〇年一一月五日生

本店所在地

釧路市栄町一二丁目一番地

株式会社 高房

(右代表者代表取締役 新田稔)

右高橋房一に対する常習賭博幇助、所得税法違反、法人税法違反、右株式会社高房に対する法人税法違反各被告事件について、昭和六一年一月一六日釧路地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから各控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人高橋房一に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役一年二月及び罰金一二〇〇万円に処する。

同被告人において右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

同被告人から、釧路方面釧路警察署で保管中のポーカーゲーム機二台(店番二、一一)(釧路地方検察庁昭和六〇年領第三〇号の2、7)を没収する。

被告人株式会社高房の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人佐藤敏夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人高橋房一を懲役一年六月及び罰金一二〇〇万円に、被告人株式会社高房(以下単に「被告人会社」という。)を罰金二〇〇〇万円に各処した原判決の量刑はいずれも重すぎて不当であり、殊に被告人高橋に対しては懲役刑の執行を猶予すべきである、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を合わせて諸般の情状について検討すると、ゲーム機リース業等を営む被告人高橋は、(1) 自己の所得税を免れようと企て、収入記録を廃棄し、仮名預金口座に入金するなどの不正な方法により所得を秘匿し、昭和五七年度の総所得金額が八七〇八万六七五二円であり、これに対する所得税額が五〇一三万八五〇〇円であったにもかかわらず、右所得税の確定申告期限までに申告書を提出せず、同年分の右所得税を免れた、(2) 岩崎護ほか一名が共謀の上、常習として、原判示の喫茶店において賭客二名を相手方として同店内に設置したポーカーゲーム機二台を使用し金銭を賭けて賭博するものであることを知りながら、右ポーカーゲーム機を同店に搬入して貸与し、もって岩崎らの前記犯行を容易ならしめてこれを幇助した、(3) ゲーム機リース業等を営む被告人会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、前記同様の方法により、(イ) 昭和五八年二月一日から同年九月三〇日までにおける事業年度の実際の所得金額が七九九四万三九四九円であり、これに対する法人税額が三二九三万六一〇〇円であったのにかかわらず、右法人税の確定申告期限までに申告書を提出せず、右法人税を免れた、(ロ) 同年一〇月一日から昭和五九年九月三〇日までにおける事業年度の実際の所得金額が一億〇八〇七万三九八一円であり、これに対する法人税額が四五八一万一六〇〇円であったのにかかわらず、右法人税の確定申告期限までに申告書を提出せず、右法人税を免れた、また、被告人会社は、その代表者である被告人において、同会社の業務に関し、前記(3)記載のとおり不正の行為をなし、前記各法人税を免れた、という事案であるが、原判示第二、第三の犯行当時、被告人会社は被告人高橋のいわゆる個人会社であって、同被告人がその実権を握っていたものであるところ、同被告人は、昭和四〇年以来賍物寄蔵、公務執行妨害、傷害、暴行、銃砲刀剣類所持等取締法違反、器物損壊、賭博の各罪により、罰金刑に二回、懲役刑に五回(うち、一回は罰金刑が併科され、懲役刑について執行猶予が付されたが後に取消された。)処せられて、いずれも服役して、昭和五四年一一月に出所したものであるのに、その後、ゲーム機のリース業を営む舘田某の手伝いをするうちに、自らゲーム機のリース業を営むようになり、警察の摘発を警戒して名目上の経営者を立て、自らはその背後にあって経営の実権を握り、これによって多額の収入を上げながら、収入記録を廃棄しあるいは仮名預金口座に入金する方法により、その隠匿をはかり、確定申告を全く怠って総額一億二千八百万円余の脱税をしたものであり、又本件常習賭博幇助も右事業の一環として行われたものであって、各犯行に至る経緯、犯行の動機及び態様がいずれも芳しくなく、脱税の金額も高額であるので、被告人高橋及び被告人会社の責任はこれを軽視することができない。しかし他方、被告人高橋は本件常習賭博幇助の罪が発覚するや、これまでの行為を反省し、税理士の助力を得て詳細な上申書等を提出するなどして、査察調査や捜査に協力的態度を示し、脱税のほぼ全容を短期間に解明することができたこと、所得税、法人税の本税のほか重加算税について同被告人所有の土地建物等を担保に提供してその支払いの猶予を受け、その後分割して納付していたところ、原判決後、被告人高橋において毎月一〇〇万円の分割支払いを履行したほか、昭和六十一年四月四日一〇〇〇万円、同年五月三一日一〇〇〇万円、同年七月一四日二〇〇〇万円を納付し、また、被告人会社においても毎月二〇〇万円の分割支払いを履行し、今後も、同会社の代表取締役において、誠意をもってその支払いを履行することを約していること、その他被告人高橋において法律援護基金に五〇万円を寄付するなど、被告人高橋及び被告人会社にとって酌むべき事情が認められ、これらを参酌すると、本件が被告人高橋に対して懲役刑の執行を猶予しなければならないほどの事案とまでは認められず、また、被告人高橋及び被告人会社に対する罰金刑について、これらが重すぎて不当であるとまではいえないが、被告人高橋に対する懲役刑の刑期の点において原判決の量刑は現段階においては、重すぎて不当であり、結局、原判決中被告人高橋に関する部分は破棄を免れない。

よって、被告人高橋については、刑事訴訟法三九七条二項により、原判決中、被告人高橋に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、同被告事件につき更に次のとおり判決する。

原判決の確定した各事実に原判決挙示の各法条を適用、処断した刑期及び罰金額の範囲内で、被告人高橋を懲役一年二月及び罰金一二〇〇万円に処し、換刑処分につき刑法一八条を、没収につき刑法一九条一項二号、二項本文を、各適用する。

被告人会社については、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとする。

もって、主文のとおり判決する。

検察官原武志公判出席

昭和六一年八月八日

(裁判長裁判官 水谷富茂人 裁判官 高木俊夫 裁判官 平良木登規男)

○ 控訴趣意書

常習賭博幇助・所得税法違反・法人税法違反

被告人 高橋房一

法人税法違反 被告人 株式会社高房

右各被告人に対する各頭書事件につき、釧路地方裁判所が昭和六一年一月一六日言渡した判決に対し原審弁護人と被告人からさきにそれぞれ控訴の申立をしたが、その各控訴の趣意は左記のとおりいずれも量刑不当であるから、御審議のうえ適正な御裁判を賜わりたい。

昭和六一年四月七日

右各主任弁護人

弁護士 佐藤敏夫

札幌高等裁判所 御中

原審は、本件各犯行につき被告人高橋を懲役一年六月の実刑と罰金一、二〇〇万円に、被告人高房を罰金二、〇〇〇万円に処した。なるほど、被告人高橋に昭和五四年一一月一六日にその刑の執行を終えた本件賭博犯行当時の累犯前科があるうえ現在なおいわゆる暴力団組織の幹部であること、本件各税法違反にかかる脱税額が総額一億三、〇〇〇万円余の巨額にのぼること、被告人高房の場合も同じく総額八、〇〇〇万円弱の巨額に登ること、発覚後の滞納税支払額が原判決当時で被告人高橋分合計三〇〇万円、被告人高房分合計六〇〇万円に止まることを考えると右原審量刑も一応尤もなところとして首肯できないでもない。

しかし、本件の各被告人にはそれぞれ次のようなこの際量刑上有利に斟酌されて然るべき諸事情があり、これらを総合すれば右被告人高橋に対する原審量刑は懲役刑の刑期の点は兎も角刑に執行猶予を付さなかった点と罰金額の点において、

また、被告人高房に対する原審量刑はその罰金額の点においていずれも些か量刑過重で不当というほかはなく、原判決は両被告人につきいずれも破棄を免れないものと思料する。

第一 被告人高橋房一について

一 賭博事件について

本件賭博事犯は、起訴状自体からも明らかなとおり常習賭博の幇助事犯に過ぎず、しかもその態様は被告人が代表敢締役であった相被告人株式会社高房がその営業上賃貸していたゲーム機を使用して賃貸人がその経営する喫茶店を犯行現場として同店に訪れた顧客二名を相手方として賭博を常習的に実行したというもので、半ば公然性は認められるとしても特に悪質なものとは到底認められないし、しかも犯行はただ一回に止まり、被告人がこれにより得たと認め得る利得も比較的少額であることなど、この際被告人のために有利に斟酌されるべき犯情は少なくない。

さらに、本件摘発時に同種ゲーム機を多数押収し、その後本件公判の結審まで相当長期の日時があって十分解明が可能であったと思料されるにもかかわらず、賭博事犯についてその後捜査が継続された刑跡が認められず、事後は専ら本件脱税事犯の解明に捜査の重点が移行したもののようであり、その結果からみても本件全体の核心はむしろ脱税事件にあるといっても過言ではない実情にある。一応の悪質性は否定できないとしても、その程度評価については右の実情を特に御考慮願いたいところである。

二 各税法違反事件について

1 犯行の手段方法は、事業利益を仮名の定期預金にする方法で所得を秘匿し、当然その秘匿部分を所得申告しなかったもので、原判決がその(量刑の事情)説示欄で指摘するとおり悪質性は否定できないが、右の仮名預金については、被告人が特に他と異る細工をしてのことではなく、市中金融機関である信用組合が一般顧客を相手にむしろ蓄財方法として勧奨して広く実施しているのが遺憾ながら現状であり、いわゆるマル優制度の存廃と共に国会をはじめ国の財務当局がその対策に苦慮していることも今や公知の事実に属するといってよいであろう。被告人が暴力団関係者であることや一罰百戒の趣旨も理解できないではないが、やはり右の如き一般社会の実情も量刑上背景事情として十分考慮されて然るべきものと思料する。

2 本件ほ脱税の支払いについては、原審弁護人が書証によって明らかにしたとおり、所管の札幌国税局の温情により、被告人所有の土地一〇筆と現住家屋を担保に提供したうえのことではあるが、応長期分割支払を可とする方法が許されることとなり、昭和六〇年一〇月から月額一〇〇万円の支払いを継続中である。

この支払条件や現実の支払額は規模を同じくする同種事犯の場合に比したしかにゆるやかでもあり少額でもあるが、納付すべき脱税額が確定した時期が晩秋で不動産の売却処分が不可能であったこと、被告人が暴力団関係者であることが明白となったことにより、地元の市中金融機関から全く融資を受けられない事態となったことの特殊事情によるものである。しかし、被告人も決してかかる長期支払の方法に甘んずる気持はなく、むしろ、可能な限り早期に全額の支払いを終えたいと切望しており、現に保釈出所後金策に奔走し四月四日付で一〇〇〇万円の納付を実現し(書証提出予定)、さらに一〇〇〇万円単位の追加納付の実現のため鋭意努力中である。これが実現した暁には、些か遅きに失するうらみはあるがその誠意を可能な限り御評価・御斟酌賜わりたいところである。

3 その他の情状

イ 被告人の前科関係

被告人の前科関係は冒頭に指摘したとおりであり、本件各犯行が最終前科にかかる犯行と累犯関係にあることは明らかであるが、一方において刑法二五条一項二号の規定により原判決当時はすでに執行猶予の言渡をも受け得る法的資格を有するに至っていたこともまた明らかである。そして、その間の日時の経過が専ら本件各税法違反事件の捜査上の必要によるものであって、被告人による故意の公判引きのばしなどによるものでなかったことも一件記録上明白なところである。本件のごときいまや税法違反こそが中核犯行と認められるに至った事犯については、この被告人の前科事情も前掲刑法の条項の趣旨を十二分に御考慮願いたいのである。

ロ 被告人の生活態度

被告人が現在なおいわゆる暴力団幹部であることは遺憾なところではあるが、日常全く暴力団活動はしておらず、珍らしく事業専念型で、遊び事も酒も一切やらず、毎日午前五時頃から午後八時頃まで仕事一途の生活を永年押し通してきた男である。

そして、その仕事熱心が評価されてなかなか資格取得が困難とされる煙草小売人の資格を昨年末与えられた程である。

事業利益の処理方法を誤まり本件事犯には至ったが右の如き生活態度にはそれなりの御評価・御斟酌を賜わりたいのである。

第二 被告人株式会社高房について

被告人高房の税法違反についてはそのほ脱税額の高額なことは遺憾に堪えないが、会社犯罪として観るとき、億単位の巨額脱税事犯の多発している昨今の一般的社会事情と、仮名預金による蓄財方法はこれを許し勧奨さえしてなんらの処分をも受けていない市中金融機関側にも相当な社会的責任があると思料される側面、そして脱税額確定後月額二〇〇万円宛誠実に納付している事実をこの際有利な情状として十二分に御考慮賜わりたいいところである。

以上指摘の諸事情に照らせば、被告人高橋房一については限界域ではあろうが、なお懲役刑の執行を猶予し、在宅のうえ事業活動に鋭意専念させその事業利益をも加えて巨額な本件ほ脱税を一刻も早く完納させる趣旨における自力更生に期待することこそ、却って刑政の目的に合致したこの際の適正処遇ではないかと思料され、また同被告人および被告人高房の罰金刑についても些か過重と思料されるので、破棄減軽を求めるため本件各控訴申立に及んだ次第である。

以上

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